――あの子の名前を覚えていないか?
――あの子って?
――子どものころ住んでた団地の傍に、公園があっただろ。
――ビルと木立ちに囲まれた、昼間でも薄暗い?
――そう。いつも、夕方になると遊びに来る子がいたんだ。
――赤いボールを持っていた?
――いつも大事そうに抱えていたね。
――名前は知らないな、聞いたことがない。
――ボールに書いてあったと思うんだ。
――よくそんなことまで覚えているね。
――忘れられないよ、だって……
――ああ……
赤いボールは、トラックの車輪に巻き込まれて弾け散ってしまった。
あの子がそのあとどこへ行ったかを、大人たちは誰も教えてくれなかった。
【春の夕あの子はとじこめられたまま】
実駒(みこま)
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